「両性具有」を人間の完全性の象徴とする思想が古代において、そして現代においても存在する。男性であり、同時に女性の本質も備えることは人間において完全性への道であるとの思想がある。古代ローマ帝国の幾人かの皇帝は、両性性、神としての完全性を具現することを示すために、女装したことが知られる(ネロ、カリグラなどは女装し、女神だとも称した。ヘリオガバルス帝は両性具有の神と称し、当然女装した)。また近代インドの宗教家であるラーマクリシュナも若き修業時代、女装してマー(大母神)に帰依したことが知られる。
特定の目的を持った女装を高く評価する文化基準と、他方、女装一般を社会的な規範に対する挑戦・風紀の紊乱行為であるとして弾劾する宗教的・文化的伝統が併存してある。ユダヤ人の宗教は、『申命記』における異性装の禁忌を述べたように、男装・女装双方を弾劾し否定する。これに続くアブラハムの宗教も、男女の服装の区別を明確にする宗教的規範を持っている。
男装は父権制への挑戦であり、女装は、父権制社会における逸脱行為に当たるからである。西洋におけるキリスト教などの規範とは別に、東アジアの中国においても、社会は伝統的に父権的な様相にあり、古代の賢者・聖人とされる孔子は、男女の区別を明確に説いた。
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生物的な「性」とは別に、文化的・社会的な性とも言える「ジェンダー」概念が導入されることで、女装という現象の意味について、宗教や社会類型に基づく規範とは別の判断基準が生まれたとも言える。
生物として人間を見ると、女性の方が男性よりも丈夫にできている。人類の基本形は女性であり、女性の生理器官や身体構造に変容や追加、単純化を行ったのが男性の身体だとも言える。短期的な激しい活動に適するように男性の身体は設計されているとも言える。